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みんな大好き&母の事
by vruocculu2
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教室風景、好きな場所
母の事もありますが、それでも自分の事もある訳です。
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自宅ドーム状にしたアンティパストを作ったり、常温パスタ?作ったり、
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トマトいっぱい、定番ナスサラダ作ったり、教室に来られた方から梨を頂いたり、
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その間に私の大好きな場所、癒されに出かけたり、
友人に突然誘われて、テラスでワイン飲んでしゃべって、笑って、
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またまた、教室で大きく作ったスフレをみんなで突いたり、
1日、1日過ぎるのが早すぎて追いつきません💦
いろいろあるという事は楽しい事でもあります。

と、ちょっと日記的、散乱しているブログになってしまっていますね。








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Top▲ | # by vruocculu2 | 2014-09-18 09:43 | *教室から
母も食べれた料理2 幸水の白和え
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「幸水の白和え」

白和えなんぞ、ムリに食べなくてもいいものではあるけれど.....
まぁ、毎日のごはんですから悩む訳です。
手を替え品を替え。

ニンジンの白和えはなんだか母にとっては

モッサラしている
甘いだけ
豆腐が臭い
椎茸の臭いが鼻につく
と、理由で食べたくなくなってしまうそうです。

で、スーパーで梨がずらりと並んでいるので幸水で作ってみましょうか?
と、思いました。

白和えの和えの方は通常通りに作り、中身を少し替えます。
ニンジンの代わりに幸水
椎茸の代わりにセミドライイチジク

これだけでは味にパンチがないので、和える時にレモン果汁を軽く絞り、
盛りつけたらレモンの皮をすり下ろす。

これで白和えなんだけど、幸水の果汁でさっぱり、レモン果汁で爽やかに、
レモンの皮で香りよく食べられたようです。

母だけ食べられる料理では仕方ないですが、これだったらみんなが楽しく一緒に食べられます。

旦那
「意外に美味しい!!」

良しOK!!!!!

これをさらにイタリアっぽく。
白和えじゃなくて、いっそ幸水だけでサラダにしてしまいます。
用意するのは、幸水とパルメザンチーズとイタリアンパセリ、オリーブオイル、レモン果汁これだけです。

スライスした幸水とその他の材料を混ぜ合わせるだけ。
お好みでパルメザンチーズの量は加減してくださいね。

さて、何食べれるかな?








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Top▲ | # by vruocculu2 | 2014-09-12 10:08 |   食べられた料理集
母も食べれた料理1
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さて、抗がん剤2回目にして副作用が出てきました。
人それぞれなのだと思いますが.......
母は

1、味覚の変化
2、臭覚の変化
3、膨満感

食べる事が大好きだった母にとっては悲しい事です。
思考錯誤したお話はまとめてアップいたしますが、
まずは食べられたお料理をズラズラとメニュー表にしてのせていきます。

茶碗蒸しが食べられなくなったのですが、このお料理は大丈夫でした。
イタリアのタルトゥラというお料理です。イタリア版茶碗蒸し?茶碗で蒸していないので卵蒸し?
中にはグリッシーニ、タマネギの炒めたもの、生クリームが入っています。
付け合わせのキノコ。 このキノコがくせ者でいや〜な臭いに感じるんだそうです。
イタリア風に香ばしくなるまでしっかりと炒め、味付けを濃いめにしたところ「食べられる!」と。

これで、少しは卵の蒸し物やキノコへの嫌な思いは払拭できたのでは?

他にもまだあるので明るくメニュー表にしたいと思いますのでお付き合い頂けたら!







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Top▲ | # by vruocculu2 | 2014-09-11 11:17 |   母も食べられた料理集
糖尿病教育入院の先に。
前置きと先日書きましたが、
正直、母の糖尿病教育入院2週間、今思い返すと不真面目な親子でした。



街の診療所からドコの病院にするか?
と、聞かれて近所の病院なら一人で行けるから....と。
本当に近所の病院に決めてしまった母でした。
歩いてでも行ける距離、バスもあるし、タクシー乗ったってワンメーター。
しかも、糖尿病に関して力を入れている?らしい?医師がいたそうなので近所の
K病院に入院しました。

大部屋4人。みなさん糖尿病の患者さんです。
ご挨拶をして、私は母を置いて.......
母の闘病?教育入院がスタートでした。

この時の母の状態は、空腹時の血糖値は300〜400。
HbA1は13。これはもう異常としかいえな値です。

これからの教育入院でどうなることか?
私自身、母が入院するなんて想像もしていなかったので、あたふたとしていました。
これこそ頼りきっていたんだと痛感していました。
ほぼ毎日講習会があり、家族も参加なので管理栄養士のお話を事細かく聞いて。

その講習会での母はといえば、

実は私の父も糖尿病で若いときからインスリンを毎朝打っていたのです。
その父も15年前に糖尿病からくる余病で膵臓を壊し他界していたんですが、
その変な知識もあったりして、自慢げに?私知ってます?みたいに先生に話すんです。

もう、恥ずかしいったらありゃしない。
自慢にもならないです。

そんなのんきに構えていた母。
これからの食事も考えないとだな〜とか、
私の試作した料理真っ先に食べてもらえないな〜とか、
考え無しに料理作れないな〜とか。
私も自分の事ばかり考えていました。


入院した日の夜、
母からの電話。
子供の様に
「血糖値が140になった!!!!」
嬉しすぎて電話したんでしょう。
今でもその声は忘れません。
そして、それだけ今まで不安だったんだと。
その声を聞いて、母は年をとったんだと、
私がちゃんとしなきゃと、いい意味での交代が
そのひとことで始まったと思いました。

そして、重要な病院食!!!

夕ごはんしか写真撮れませんでしたが、最初の1週間。
1440カロリー、塩分7g。
好きなもの好きなだけ食べていた母には不満足きわまりない。

それでも、「完食できる、モノが何も考えず食べれる」
この意味がどれだけ幸せな事なのか、このときはまだ解ってなかったです。

2週間の病院食
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この2週間の教育入院中、「糖尿病だけでなくこの際みんな検査してもらいましょう」とあれやこれやと
検査しておりました。この時私たち親子はまだまだのんきに、
「2週間たって退院したらどうしようかね〜」
「今、配達してもらってるグルコサミン飲料は飲めないね」
「ご褒美が1ヶ月に1回なんて」
「運動しなきゃだめだよ」
「キャラメルコーン一袋食べてたりしたからだよ」

そんな話をしながら、笑っていました。
同じ病棟の方たちともあはは、あはは。

「さーて、血糖値でも計りに行きますか」
なんて音頭とってたくらいにして。

2週間後には退院。

何も考えず過ごしていました。
毎日通い、帰る時には運動だからといって夜間出口の外に出で、
私が車に乗り、駐車場から出るまで見送ってくれていました。

出口に佇んでる母の姿も一生忘れない。
その時はなんで見送ってくれているのか?なんて思っていたけど。

教育入院も終わりになる前日。
4月30日。
担当の先生から私に電話がありました。
「話があるからこれから来る様に」
と。 手が震えました。何?と思う前に手が震えました。
この日はお世話になってるスタッフさんとごはん食べる日。
足も震えました。何も聞いてないのに身体全てが震えて、心臓もバクバクしてました。

車を走らせ病院へ。

そして、担当医から画像を見せられ。
私一人、先生の話を聞きました。

「検査結果でました」
画像をクルクルスクロールさせながら
「肝臓にもやっと陰があるみたいなの」
さらに画像をクルクルスクロールさせながら
「もう一度消化器のほうで検査した方がいいと思う」

って、何?
陰って何?

「私の妹も肝臓ガンだったけど、あっと言う間だったよ」
「もって年内かな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
画像をスクロールさせながらいろいろなはしているみたいだったけれど、
私の頭の中に残っているのはこの言葉だけです。

次の言葉はこれでした。

「お母さんにはどこまで話す?」
「癌かもしれない、ということは話さないと治療も検査もできない」

ちょっと待ってよ、ペラペラペラペラ、
あなたの話私自身消化しきれてないのに。

次の言葉は
「血糖値が上がったのも、癌が原因かもしれないし、癌で血糖値が上がったのかもしれない」
「お母さんにはドコまで話す」

私の口から出た言葉は
「肝臓ガンかもしれない、だからもう一度検査が必要」
それだけで結構です。

きっと無表情だったかもしれません。
車に戻って30分。 そのまま動けませんでした。

何?
何が起きてるの?
ハンドルに埋もれて担当医にいわれた言葉を自分の中にどう納めればいいのか。
暗い駐車場の中埋もれてました。

ここから、ここから私たち母子の本当の意味での闘病がはじまるのです。















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Top▲ | # by vruocculu2 | 2014-09-10 09:47 |   糖尿病教育入院2週間
「前書き」として、

「前書き」
心機一転と新ブログにした矢先の事でした。

ブログにするか迷いましたが、
母との記録になると。
さらには今後同じような思いの方がいらっしゃったら、
もしかしたら、もしかしたら共有出来る何かがあればと。




母。
事のはじまりは・・・・・

以前から糖尿病で近くの診療所に通っていました。
その診療所も昨年後半、医師が高齢になり閉める事に。
その後一人でバスに乗って行ける診療所、ということで街の中になる医者へ通いはじめました。
ところが、近所の診療所のところではそれほど血糖値も高くなかったのに、
医者を替え、薬が変わったとたん血糖値が300、400とグングン上がったのです。
しかし、街の医者は「薬をもう少し強いモノに」というだけでもっと強いもの、もっと強いものと。

それを不安に思った母はようやく私にその事を教えてくれました。

以前より、母は自分の体調の事はあまり話さないし、「大丈夫」が常でした。
その母が私に教えてくれたので、それはそれは本当に不安だったのだと思います。

すぐに医者を替えて......

糖尿病専門の診療所。
その先生から
「私には手におえないので、大きい病因へ行ってください」
と、言われて帰ってきました。
よく日、近所の病院へ。
そして、またそのよく日から入院となったのです。

今年もやっと春だね〜
なんてのんきな事を思っていた4月16日。

あれから4ヶ月が過ぎ、秋になりました。
この4ヶ月間あっという間でした。
どれだけ泣いた事か、どれだけ悩んだ事か、どれだけ不安に思った事か、どれだけ悲しく思った事か。
そして、たくさんの事を学び、たくさんの事を知り。
さらに、どれだけ現実離れしていた事を自分が考えていたのかも知りました。

イタリア料理を続けてきて17年経ちましたが、それがなんの役にもたたない事も知りました。
そんな中、食に関わる仕事をしてきていて良かったとも思いました。

そんな母の闘病と食についてを中心に母との生活を綴っていきたいと思っています。




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Top▲ | # by vruocculu2 | 2014-09-01 10:55 | *母の事......
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