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みんな大好き&母の事
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カテゴリ:  糖尿病教育入院2週間( 1 )
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糖尿病教育入院の先に。
前置きと先日書きましたが、
正直、母の糖尿病教育入院2週間、今思い返すと不真面目な親子でした。



街の診療所からドコの病院にするか?
と、聞かれて近所の病院なら一人で行けるから....と。
本当に近所の病院に決めてしまった母でした。
歩いてでも行ける距離、バスもあるし、タクシー乗ったってワンメーター。
しかも、糖尿病に関して力を入れている?らしい?医師がいたそうなので近所の
K病院に入院しました。

大部屋4人。みなさん糖尿病の患者さんです。
ご挨拶をして、私は母を置いて.......
母の闘病?教育入院がスタートでした。

この時の母の状態は、空腹時の血糖値は300〜400。
HbA1は13。これはもう異常としかいえな値です。

これからの教育入院でどうなることか?
私自身、母が入院するなんて想像もしていなかったので、あたふたとしていました。
これこそ頼りきっていたんだと痛感していました。
ほぼ毎日講習会があり、家族も参加なので管理栄養士のお話を事細かく聞いて。

その講習会での母はといえば、

実は私の父も糖尿病で若いときからインスリンを毎朝打っていたのです。
その父も15年前に糖尿病からくる余病で膵臓を壊し他界していたんですが、
その変な知識もあったりして、自慢げに?私知ってます?みたいに先生に話すんです。

もう、恥ずかしいったらありゃしない。
自慢にもならないです。

そんなのんきに構えていた母。
これからの食事も考えないとだな〜とか、
私の試作した料理真っ先に食べてもらえないな〜とか、
考え無しに料理作れないな〜とか。
私も自分の事ばかり考えていました。


入院した日の夜、
母からの電話。
子供の様に
「血糖値が140になった!!!!」
嬉しすぎて電話したんでしょう。
今でもその声は忘れません。
そして、それだけ今まで不安だったんだと。
その声を聞いて、母は年をとったんだと、
私がちゃんとしなきゃと、いい意味での交代が
そのひとことで始まったと思いました。

そして、重要な病院食!!!

夕ごはんしか写真撮れませんでしたが、最初の1週間。
1440カロリー、塩分7g。
好きなもの好きなだけ食べていた母には不満足きわまりない。

それでも、「完食できる、モノが何も考えず食べれる」
この意味がどれだけ幸せな事なのか、このときはまだ解ってなかったです。

2週間の病院食
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この2週間の教育入院中、「糖尿病だけでなくこの際みんな検査してもらいましょう」とあれやこれやと
検査しておりました。この時私たち親子はまだまだのんきに、
「2週間たって退院したらどうしようかね〜」
「今、配達してもらってるグルコサミン飲料は飲めないね」
「ご褒美が1ヶ月に1回なんて」
「運動しなきゃだめだよ」
「キャラメルコーン一袋食べてたりしたからだよ」

そんな話をしながら、笑っていました。
同じ病棟の方たちともあはは、あはは。

「さーて、血糖値でも計りに行きますか」
なんて音頭とってたくらいにして。

2週間後には退院。

何も考えず過ごしていました。
毎日通い、帰る時には運動だからといって夜間出口の外に出で、
私が車に乗り、駐車場から出るまで見送ってくれていました。

出口に佇んでる母の姿も一生忘れない。
その時はなんで見送ってくれているのか?なんて思っていたけど。

教育入院も終わりになる前日。
4月30日。
担当の先生から私に電話がありました。
「話があるからこれから来る様に」
と。 手が震えました。何?と思う前に手が震えました。
この日はお世話になってるスタッフさんとごはん食べる日。
足も震えました。何も聞いてないのに身体全てが震えて、心臓もバクバクしてました。

車を走らせ病院へ。

そして、担当医から画像を見せられ。
私一人、先生の話を聞きました。

「検査結果でました」
画像をクルクルスクロールさせながら
「肝臓にもやっと陰があるみたいなの」
さらに画像をクルクルスクロールさせながら
「もう一度消化器のほうで検査した方がいいと思う」

って、何?
陰って何?

「私の妹も肝臓ガンだったけど、あっと言う間だったよ」
「もって年内かな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
画像をスクロールさせながらいろいろなはしているみたいだったけれど、
私の頭の中に残っているのはこの言葉だけです。

次の言葉はこれでした。

「お母さんにはどこまで話す?」
「癌かもしれない、ということは話さないと治療も検査もできない」

ちょっと待ってよ、ペラペラペラペラ、
あなたの話私自身消化しきれてないのに。

次の言葉は
「血糖値が上がったのも、癌が原因かもしれないし、癌で血糖値が上がったのかもしれない」
「お母さんにはドコまで話す」

私の口から出た言葉は
「肝臓ガンかもしれない、だからもう一度検査が必要」
それだけで結構です。

きっと無表情だったかもしれません。
車に戻って30分。 そのまま動けませんでした。

何?
何が起きてるの?
ハンドルに埋もれて担当医にいわれた言葉を自分の中にどう納めればいいのか。
暗い駐車場の中埋もれてました。

ここから、ここから私たち母子の本当の意味での闘病がはじまるのです。















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Top▲ | by vruocculu2 | 2014-09-10 09:47 |   糖尿病教育入院2週間
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